三狐神 -其ノ壱-
昔々のお話です。
緑豊かな山間の村外れに、小さな祠がありました。
五穀豊穣を祈願するために祀られた場所。
太陽と月が入れ替わるまで、村人たちは足繁くそこに通い、
日々の実りに感謝していました。
祠の両脇には、二体で一対の狐の像がありました。
不思議なことに、いつからあるのか、誰が置いたのか、知る人はいません。
村人たちは手を合わせる帰りに、彼らの足元に作物を並べ、こう声をかけます。
『いつも、どうもありがとう』
そして翌日になると、像の前に並んだ供物は、必ずきれいになくなっているのでした。
やがて時は流れ、
流れ、
流れ。
時代は移り行き、
祠の存在を知る者は、もうどこにもいません。
苔むした参道は虫さえ通らず、
峠越えの旅人もみな、気味悪がって素通りしてゆきます。
豊かな田畑だった場所はすっかり森の一部となり、
かつてここを愛した人々の名を刻んだ石碑が、あちらこちらに寂しく佇んでいました。
--------------- 大地を潤し、風を運び、四季を巡らせた我らの恩恵
--------------- 嗚呼、過去の遺物に過ぎぬというのか
--------------- 悲しい、暗い、冷たい
--------------- 恨めしい
--------------- おのれ、人間め ・・・!!
きれいな満月の夜。
一陣の風が強く吹き、狐の鳴き声が響いたことは
だぁれも知りません。
昔々の、お話です。
「てっちゃーん!早くしないと日が暮れちゃうよ~」
「大丈夫ですよ、蘇芳。お天道様はまだあんなに高いじゃないですか」
「途中で、山菜を摘みに寄りたい場所があるの」
「わかりました。ただし、おまんじゅうも買ったんですから長居はしませんよ」
「やったぁ!そうと決まれば善は急げ!」
「・・・・あれっ?」
「こんなところに、お社様があったんだぁ」
「普段あまり通らない場所ですから・・・僕たちが気づかなかっただけでしょうか」
「なんだか・・・少し、寂しい場所に感じちゃう」
「街はずれですし、近く参拝に来られた様子もありませんね」
「そういえば・・・」
「てっちゃん、何か知ってる?」
「ここが今の形になる以前、農村地帯だったと聞いたことがあります。
当時の村人は、このお社様を心の拠り所にしていたのかもしれません」
「狐さんは、畑の神様なの?」
「ええ。作物を守る神の遣いとして、崇められているのですよ」
「そっか・・・今はこのあたりで畑やってる人はだいぶ減っちゃって、
神様を信じる心が、昔より無くなっているんだね。
だからさっき、寂しいって感じたのかも」
「せめて、僕たちだけでも手を合わせていきましょう」
「てっちゃん!私、いいこと思いついた!
さっきのおまんじゅう、神様たちにおすそ分けしようよ!」
「なるほど・・・・それはいい考えですね!」
「できた!ここのおまんじゅうはおいしいから、きっと大満足だよね」
「ここにいる神様のこと、私、何も知らなかった。
てっちゃんが教えてくれたおかげだから、二人分の感謝を込めてお供えしたの」
「ありがとう、蘇芳は優しいですね」
「風も冷たくなってきましたし、そろそろ帰りましょう」
「うん、そうだね!
「おかしいですね、ずいぶんと薄暗くなってきました。
蘇芳、少しだけ急ぎましょうか」
「・・・・・・・・うん」
「・・・・・・・・・・・・・・ごめん、てっちゃん」
「わたし・・・・もう、歩けな・・・・・」
「蘇芳!?」
「蘇芳!しっかり!一体、何が・・・・・」
「あ、たまが・・・・急に・・・・・・」
「ごめ・・・・ね、てっちゃ・・・・」
「蘇芳!蘇芳!!」
「なっ・・・・・!?」
「っう・・・・・頭が・・・・!」
「この場所を、出て、いかなくては・・・・
蘇芳・・・・どうか、しっかり・・・・・」
「・・・・・・・・・・蘇、芳・・・」
「・・・・・・・・・・体だ・・・・・・」
「うまく、いったのか」
「紛うことなく人の子の身だ」
「まだ完全ではないな・・・・自由になるのは数刻というところか」
「だが、馴染むのにそうはかからんだろう」
「久々の現し世だ。存分に楽しもうではないか」
「言わずもがな、そうするさ」
沈みゆく夕陽が、先人の眠る石碑を照らし出します。
先ほどまで立ち込めていた陰鬱な影は消え去り、
静寂があたりを包み込みました。
--------------- あと少し
--------------- あと少し力が戻れば
--------------- 我らは自由だ
蘇芳:ゆず李 藍鉄:沖田鈴 写真:香月
其ノ弐へ続く
by tbsuuuuu | 2016-11-30 17:01 | 写真 ◆WEB拍手◆